フィレンツェから帰国した後、ずっと気管支炎で倒れていました。ようやく復活して来ましたが、治りの遅さに年齢を感じています。今回のフィレンツェ滞在はいつもより地味な滞在でした。とはいえ、得たものは大きく、心の支えになるようなインスピレーションや、物を見る新しいアングルや感覚を得ることができました。それはフィレンツェでの極めてシンプルな生活が、私にじわ〜っと感じさせてくれるものでした。最近では最小限主義とかミニマニストという考え方もあるようですが、まさに私もそれに似た感覚を得たのです。息子と二人での1ヶ月のフィレンツェ滞在。いつものようにアパートを借りての自炊の日々です。本当に最小限の物しかありません。フライパン1個、鍋1個、お皿6枚、コップはプラスチックの紙コップ系のやつです。あれを4つ、洗っては使いという風に。ダイエットも兼ねての生活でしたので、ちゃんとした食事は1日1回。あとはフルーツや目玉焼きなどで耐えます。辛いのは最初の2日間だけ。人間って本当に凄く、あっという間に胃が小さくなり慣れてきます。食事内容も今回は極めて質素な食事にしてみました。とはいえ、スーパーで1.5ユーロで売られているジェノベーゼピューレがすっごく美味しいので、それを茹でたパスタと絡めるだけで、全然質素な料理とはおもわずに毎日美味しい食卓でした。チーズを添えて食後にオレンジなどを剥くと、もう十分すぎるほどです。かかるお金は極めてミニマム。1ユーロしないパスタの1箱で3食は食べれるので、1週間でも2ユーロ(270円)あればパスタが食べれるわけです。1日の食費、本当に息子と2人で500円かからなかったと思います。時々お肉とか買ってきても、ジューシーな豚肉ステーキが2枚で2.5ユーロですから一人170円。やっぱり500円しないですよね。とにかく毎日が安くて美味しい食卓でした。今回のイタリア滞在は、仕事のスケジュールもいつもに比べると緩やかだったのでかなり自由な時間がありました。滞在の半分の日程は何もスケジュールが無いという、いままでには無かった環境に恵まれていましたので、息子の勉強のドリルを毎日数時間見たりしながら、日本での生活では、なかなかできない父親をやったり洗濯機を回し息子と干したり。一つ一つが地味ですが、何となくイタリアでの生の生活を味わう機会でした。そんな生活の中からだんだん感じて来るもの、それはこんなに質素な生活なのになぜ「ひもじい感」が無いの?という疑問でした。無駄なものが全部そぎ落とされた生活。そこで見たものは意外にも不思議な充実感でした。不思議な充実感というのは、満たされてという充実というより、不足がないという充実感という感じです。こんない質素でシンプルな生活なのに、別に文句もなく、不満もないことに気づいた時、何か新しいものを発見したような気がしたわけです。あれ?日本ではいろんなものが山ほどあるのに、こんな充実感ないよな〜?それは自然な疑問でした。この新しい発見は日本に帰国した後でも、私の新しい考え方の軸となって、日本でもまた新しい物を見る角度を得たんじゃないか?という直感がありました。現在帰国して1週間が過ぎましたが、たしかに現在いままでになかったような面白い心境を楽しんでいます。日本には物が溢れています。イタリアの50倍ほどあるでしょうか?しかし何かこの国は希薄な気がするのです。日本の1日は大変忙しい。しかし何か充実感に欠ける手応えのなさがあります。それがいったい何なのか?まだはっきりとはわかりませんが、日本でも少しでも充実した生活を送れるための新しいインスピレーション、ヒントを得た今回のフィレンツェ滞在だったような気がしています。
