「人生心を遊ばせていればそれだけでいい」
いろんな意味が含まれますが
これが昨年私がイタリアで受けたインスピレーションです
なんでもいいから常に心を
ワクワクさせている事が出来れば
目に入ってくる景色が違います
いろんな物を見ても感じ方が違います
そうしている中で思いつく事なんて
さらに違ってきます
その状態に呼応して目の前に起きてくる
事象も変わってきます
また、傷ついた心を眺めるのも
一つの遊びかもしれません
心の日々の動きを
良い時も辛い時も全部含めて
大きな意味で遊ばせていく
その中に新しい発見があり
新しい導きが見つかっていく
そんな風に感じています
心が辛い時は本当に辛いですよね
原因がある痛みも
原因が思いつかない痛みも
誰にもわからない自分だけの心の痛み
即効性のある処方箋なんて
どこにも見つかりません
ただその心の傷をじっと眺めて
その痛みを感じるしかない世界
辛いですよね
しかし そんな世界もいつまでも続くわけではありません
雨は必ずいつか止むように
必ず冬の後には春が来てくれるように
じっとしていてもすべては変わっているのです
常に流れているのです
変わりゆく時間に癒され助けられ
そしてまた心が何かによって充電さていく
心の充電は心でしかできません
もっといえば「愛」なのでしょう
愛はどんな高級品よりも
どんな素晴らしい料理よりも
どんな芸術よりも
すべてを超越して私たちの心を充電してくれます。
最近私は思います
私たちは愛し、愛されるために生まれてきたのではないかと
仏教はこだわりをなくし煩悩から抜け出すことを奥義とします
仏教経典の最初では、愛を捨てなさいとあります
キリスト教は愛を説きます
一見真逆に見えますが
それは私たちの3次元での世界感覚で見ると逆に見えるだけで
魂の世界は空間も曲がるし時間軸も違うのだと想像すると
こだわりを捨て愛に生きる事が魂の世界ではできるのではないか?
そんなインスピレーションを感じます
自分を許し 他人を許し
自分を鏡のように映し出す
「今日」という物語の中で
遊んでいく
心おだやかにして
刹那な人生の中から
壮大な魂の物語を感じて行けたらと思います
今日も多くの方々が愛に満たされますように




