2016年1月19日火曜日

心の遊び


「人生心を遊ばせていればそれだけでいい」
いろんな意味が含まれますが
これが昨年私がイタリアで受けたインスピレーションです

なんでもいいから常に心を
ワクワクさせている事が出来れば
目に入ってくる景色が違います

いろんな物を見ても感じ方が違います
そうしている中で思いつく事なんて
さらに違ってきます
その状態に呼応して目の前に起きてくる
事象も変わってきます

また、傷ついた心を眺めるのも
一つの遊びかもしれません

心の日々の動きを
良い時も辛い時も全部含めて
大きな意味で遊ばせていく
その中に新しい発見があり
新しい導きが見つかっていく
そんな風に感じています

心が辛い時は本当に辛いですよね
原因がある痛みも
原因が思いつかない痛みも
誰にもわからない自分だけの心の痛み
即効性のある処方箋なんて
どこにも見つかりません
ただその心の傷をじっと眺めて
その痛みを感じるしかない世界
辛いですよね

しかし そんな世界もいつまでも続くわけではありません
雨は必ずいつか止むように
必ず冬の後には春が来てくれるように
じっとしていてもすべては変わっているのです
常に流れているのです

変わりゆく時間に癒され助けられ
そしてまた心が何かによって充電さていく
心の充電は心でしかできません
もっといえば「愛」なのでしょう
愛はどんな高級品よりも
どんな素晴らしい料理よりも
どんな芸術よりも
すべてを超越して私たちの心を充電してくれます。

最近私は思います
私たちは愛し、愛されるために生まれてきたのではないかと

仏教はこだわりをなくし煩悩から抜け出すことを奥義とします
仏教経典の最初では、愛を捨てなさいとあります
キリスト教は愛を説きます
一見真逆に見えますが
それは私たちの3次元での世界感覚で見ると逆に見えるだけで
魂の世界は空間も曲がるし時間軸も違うのだと想像すると
こだわりを捨て愛に生きる事が魂の世界ではできるのではないか?
そんなインスピレーションを感じます

自分を許し 他人を許し
自分を鏡のように映し出す
「今日」という物語の中で
遊んでいく

心おだやかにして
刹那な人生の中から
壮大な魂の物語を感じて行けたらと思います
今日も多くの方々が愛に満たされますように

2016年1月18日月曜日

凡人


昨年の年末に向けての3ヶ月
あまりにもの忙しさだったせいか
まあ年が明けてからやる気が出ません(笑)
でもこれで良いのだと思っています
私は天才でも秀才でもありません
努力家でもありません
晴れの日もあれば大雨の日もあるのです
それで健全だし それで自然なのだと
それを受け入れて それを感じていく中に
自分というものが見えてくるのだとおもうのです

才能ある天才や 優秀な経営者を
たくさん身近に感じさせて頂きながらの生活
いかに自分が凡人かを特に最近は
良く良く身に沁みさせて頂きます

しかしまた凡人は凡人が
見なくてはいけない世界
凡人だからこそ味わえる世界がある事を
なんとなく感じます

凡人の世界は決して味気のない
無味無臭の世界ではなく
意外にも、豊かで、色濃く、
味わい深い旨味がある事を
イタリアは私に感じさせてくれました

今、目の前に並べられた食事を
まずしっかりと味わうという素晴らしさとその意味
そして大切なのは味わう「工夫」であることも
食べる環境や食べるスピード
誰と
何を
どんな順番で
飲み物を何と合わせるかなど

私は特別な才能もありません
私は努力もできません
私は何かをずっとずっと継続する事もできません

でも私にも少しだけできる事を
イタリアは教えてくれました
それが「工夫」です

努力ができないなら
継続ができないなら
才能も無いなら

「工夫」しなさい

そして今を感じなさい
そしてありのままを受け入れなさい
耳を澄ましなさい
ゆっくり歩きなさい
肩の力を抜きなさい
暇の大切さを感じなさい
自分が何をしたいかではなく
違和感の無さを求めなさい
今がすでに完璧である事を感じなさい

大変宗教的なメッセージ聞こえるかもしれません
でも私にはそんな気は無いのです
何かすごいすごいシンプルなもの
すごい凡人的な世界の中に流れる
豊かな流れを少しだけ感じはじめた気がするのです

来月2月1日から再び1ヶ月半
フィレンツェに戻ります
あの豊かな流れを
もう一度味わえたらいいなと思っています

フィレンツェには私に何かを気づかせてくれる
空気があります

僕にでもできる何かを

2016年1月8日金曜日

芸術と衝動



芸術とはなんでしょうか?
クリエイティブとはなんでしょうか?

41年間生きてきて
最近強く感じる事は
やっぱり芸術って凄い!!って事
芸術に心を打たれる衝動って
本当にたまらない

音楽や造形、もちろんファッションも

良いも悪いも無く
ただ感動
感動って「感じて動かされる」って事

いろんなタイプが有って
ぐらぐら揺らされたり
ドーン!!って衝撃だったり
じわじわ後から来たり

バイオリンの音もそう
やっぱり高価なバイオリンって
凄い音!!
引き手の上手い下手も
もちろんあるけど
バイオリンの質だけで十分な存在感
1音1音が全然違う
下手に引いても全然音が圧巻
バイオリンが引き手を選ぶって感じ

これはスーツの生地も同じ
いくら下手に作られたスーツでも
生地のクオリティーの存在感は
やっぱりある
先日も最高の生地でのご注文があり
ミシン縫いでご注文頂いたのだが
なんとかお客様にご理解頂いて
ハンドメイドに変更してもらいました
最高の生地をミシンで縫うのは
やっぱり勿体無いと思ってしまう

あるべきものがあるべきところにある美しさ
様式美とはまたちがって
そこにそれが収まっている事に違和感のない姿は
やっぱり美しい

そしてその佇まいが一定のオーラを越えると
それはもう芸術の世界

私は仕立て職人
「纏える芸術」
やっぱりそこを真剣に目指したい
それにはいつまでも日本にこだわっていたらダメ
出なきゃ世界に。。。



2016年1月7日木曜日

新しい一歩への衝動



自分の周りで誰も踏み出したことのないような一歩を
踏み出すときというのは大変勇気がいると思います。
でもそういう一歩というのは大変重要だと思うのです。
そして2番目に踏み出す人は1番目に踏み出す人の何倍楽だろうかと。

既成概念を覆すような新しい一歩。
それはどんな種類であれ大きな一歩であるはずです。
評価は後の世が勝手に判断すればいいこと。

自分の感性を信じて美しいものを美しいと言い切ったり
周りの意見に左右されることなく
ワインの味を自分の感覚だけで評価したりすることなどは
日本人が苦手とすることのような気がします。
周りとのバランスをいつも考えながら行動するのが
良くも悪くも日本的な型。

しかし時代が変わる中で
誰かが新しい空気を持ち込まなければなりません。
空気を新陳代謝させなければなりません。
新しい一歩を踏み出すとき自分を信じれるか?
そして、新しい一歩に確信が持てるか?

そんなことを考え
目を閉じると
その暗闇の中に
ミクロの世界が見えることも
はたまた大宇宙のように映ることもあります。
それはたぶんどちらも真実
暗闇はミクロであり大宇宙なのです。

さらに
目を閉じた世界も
目を開いた世界も
同じ世界なのだと
目に見える世界にこだわりすぎる
大きな先入観は
本質をみえにくくするノイズだと思います。
ノイズを排除して
本質的なものと向き合うには
とにかくこだわりを捨てなければならない

見たいものを見えにくくする霧のようなノイズを取り除き
自分が信じる新しい一歩を踏み出したい
そんな衝動が胸にふつふつと湧いてまいります。

2016年1月1日金曜日

元旦


新年明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。

昨年は私にとっても大きな節目となる年だったように思います。
大きな気づきがありました。
何よりも強く印象に残っているのは
今を生きるということの難しさと重要性です。
ついつい明日以降のスケジュールを追いかけるだけの今を過ごしてしまいます。

しかしそれでは意味がありません。
今を捉えて、今に充実感を得る事なしには
いつまで経っても幸せなどやってこないのです
今、満たされている事に気付き
今満ちている事に充実感を得る
すべてが自由自在で
すべてが常に完璧な状態である事を知る

自分がどこにいようとも
自分が何をしていようとも
すべては繋がっていて
すべては満ちている事

考えるではなく感じる事
ただすべてをありのままに受け入れる事
わざわざ手を食えわえなくても
わざわざ試行錯誤しなくても
すでにすべては満ちていて
すでに意味ある状態にある事

ピュアなものを求め
ピュアな状態に帰る
ただそれだけですべてが整う事

大きな空白の中に可能性があり
喜びや悲しみ怒りや感動は
鏡のように時間差をおいて自らに跳ね返ってくる事

さまざまな事に気づいても
一度気づいたら終わりでは無く
不思議にもまた見失ってしまいます

見つけては見失い
再び見つけては見失う
しかしそれもすべて神が作った自然
雲に見え隠れする太陽のように。。。