2012年12月12日水曜日

見えない日本の未来



インテリジェンスの高い方の話を聞くのは大変楽しい。

日本人は重層的な事柄を理解する力が落ちて来ているという話を聞いた。
マスコミが悪いのか、教育が悪いのか。
原因不明の現実。

分かっている人と分かっていない人。
知っている人と知らない人。
知ろうとする人と無関心な人。
疑問を持つ人と、どんな疑問を持てばいいのかすら分からない人。
完全な二極化だと。

今後、急激な経済縮小を始める日本において
これからの若者は何を目指して行けばいいのか?
そのモデルケースが全く見えない。

世界は圧倒的にグローバル化が進んでいるのに、
海の向こうを見ようとしない学生達。
海外留学は過去最低水準を爆走中。
成りたい職業「公務員」。。。

さあどうする日本?
どうする若者達?

2012年9月29日土曜日

不便さの中にある香り




イタリアから帰国しておよそ1ヶ月。
だんだん日本スタイルに感覚が戻って行くのを実感しています。

やはりこの国は迷いがあるように思います。
それはイタリアに比べて、
迷える程まだ余裕が残されているという事なのかもしれません。

日本の日常は、一日一日が膨大な情報に包まれて、
それを追いかけて収集している間に一日が終わってしまっている。
次の日は次の日で、また情報の中に埋没していきます。
とにかく脳に直接戦略的に語りかけて来る情報が
イタリアの1000倍はあるように思います。
日本人は、この情報を追いかけるのに
疲れているんじゃないかと思います。
正直私はそれに疲れます。

日本における優秀な社会人のイメージは、
一般的に、この膨大な日々の情報をちゃんと収集し、
頭の中でカテゴリー分けが出来て、
TPOに合わせて的確にその情報を取り出して使える人。
こんな感じありますよね。
そう言う人を目指している人一杯いる気がします。
日本のライフスタイルは、
「トレンドを追いかける日々」
とでもいえるのではないでしょうか。

でもそんな日々をバブル期以後もずっと続けて来て、
その結果、その過酷な労力に匹敵する効果、
見返りがあるようには思えないんですよね。
それを頑張っている人が、
あんまり幸せそうに見えないというか、
ただ優秀な人だな~と思うだけなんですよね。
その姿に憧れを抱けないんです。

今回2ヶ月イタリアで滞在する事で、
一番の発見は、イタリアでの1日の過ごし方に多くの選択肢が無いという事、
そして、その少ない選択肢でも充分に満足のいく日々が
手に入ったという経験でした。
その生活は凄くシンプルで、
大変不便で、上手く機能していない社会システムなのに、
危機的な不自由は無く、
これといって何も無いのに不満もない。
まあ、無いのであきらめるしかないんですけどね。
でもあの暮らし、とっても不思議な感覚なんですよね~。
違和感がない。

人生の喜びの一つに、「新しい価値観を得る」というのがあると思います。
これを得る為には、積極的に自分とは違う意見を尊重する姿勢って
どうしても必要です。
せっかく頑張り屋さんの日本人が、
もっともっと、その労力にふさわしいだけの幸せ感を得る為には、
まずは一定の情報を意図的に遮断して、
少しくつろぐ時間を得ること、
そして、自分の声に耳を傾け、
まずは自分の感覚をちゃんと信じる事からスタートなんだと思います。

ランキングや、~大賞受賞という肩書きに泳がされる事無く、
自分の舌が本当に旨いと感じているのか?
いくら田崎真也が、このワインはすばらしい!!と言っても、
味覚はそれぞれが違う訳ですし、食文化も育った環境で違います。
体調や気候にも大きく左右されます。
何かを参考にするという事を半分位減らしてもいいんじゃないかと。

例えば、私はトスカーナの塩の効いた生ハムが欲しい時もあるし、
パルマの塩が薄い生ハムが欲しい時も、
スペインの油の乗った生ハムが良い時だってあります。
だから自分の感覚と向き合う事って凄く大切だと思います。

そういう癖付けをしていく事の向こう側に、
日本人が心から納得の行く人生を見つけられる人が増えて来る気がします。
そこに出口があると思います。

訳のわからない添加物で一杯の商品がぎっしりと並ぶ
コンビニの姿に違和感を感じて欲しいです。
「この食品は安全です」こんな表示に慣れちゃだめだとおもいます。
まだまだ私たちの社会は「コンビニ=便利さ」を追求するムードにあります。

何かを得るという事は、必ず何かを失っています。
私たちは便利さを得て、何を失っているのでしょうか?
まさに「不便さ」を失っているのです。
一見「便利さ」は良い事。のように思いますが、
これは経済を動かす為の社会的な刷り込みです。
人生の楽しみ、豊かさって、実はこの「不便さ」の中に
多くの要素が含まれているのです。

日本中のキヨスクで売られる赤福餅、
たしかに便利ですが、
伊勢に行ったとき赤福を食べる感動は絶対に半減していますよね。

いつでもメールで連絡できる環境は、
他人からメッセージが届いた時の感動は必ず薄れているのです。
毎日郵便屋さんを待って手紙を待つなんて姿は、
完全に消え失せてしまいました。
それって結構寂しい事だし、
人生の中の感動をどんどん減らしているだけのような気がします。

あっという間に手に入る物は、
あっという間に飽きてしまいます。
得難いから愛おしいのです。

日本が元気に成るには、便利さを追いかける事をやめることです。
どんどん便利になって一日の速度が早く成ればなるほど、
視野が狭く成り景色を見る余裕がなくなるだけですから。

2012年9月26日水曜日

日本



政治がまた変わろうとしています。
左に寄ったあとは右へ。
世論とは単純なものです。
結局命がけで国家を支えているのは一部のトップ官僚と大衆には見えない人々。
世界の常識と特異な日本だけの常識。
絵に書いた餅をいつまでも追いかける意味の無い妄想から覚める為には
ミサイルの一つでも落ちないと
大衆が世界の動きを臨場感を持って味わうことは出来ないのかもしれません。
情報に管理され情報に泳がされる日本の姿、
ひと時の心の安らぎ、人生の真の豊かさを知る時間も与えられないまま
「人生とはこんなもの」という、
完璧に管理された選択肢の無い世界で生きるしかない日本。

健康法、健康サプリ、長生き、年金、保険、お金儲け、
目的が世界の人々とあきらかにずれています。
長生きして何をするのか?
儲けたお金でどんな人生を得るのか?
日本の「勤労に対する美徳」は精神性ある仕事にのみ言えることで、
ただ経済を回す目的だけの歯車としての勤労に、
もはやその美徳を感じる事はありません。
何かがおかしい。そう感じている人がこんなに多いのに、
だれも答えを見つけようとしない。
たとえ答えを見つける事ができても、それを言うと
「きれいごと」として片付けられる怖さで口を閉じる。
人生を豊かにするのに、そんなに多くの物はいらない。
釣りをするための針と糸、
ジープとタバコと家族と友人がいればそれで充分。
そんなトスカーナの空気を
もっと多くの日本の人たちに知ってもらいたいな〜と
思うこの頃であります。

2012年8月31日金曜日

イタリアから無事帰国


2ヶ月間のイタリア滞在から帰国しました。
多くの出会い、多くの経験、多くの幻想的な場面、
そしてイタリア語の勉強。

充実した2ヶ月間だったと言っていいと思っています。
沢山沢山お金では買えない価値を頂きました。
多くの人々の心に振れさせて頂き、
マエストロ達から熱い心を頂きました。

今回の2ヶ月間という旅を通じて、
私が何を学び、どのように成長できたのかは、
明日からの私の歩みによって現われ出て来るものでしょう。

お金も時間も、思い切って使った2ヶ月でした。
絶対に後悔しない2ヶ月となったと思っています。
この滞在は短期留学のようなものでした。
その勉強とは、
イタリア語の勉強にとどまる事無く、
人生の意味とは?
という問いに対する答えを導き出す為の、
大いなるヒントを沢山頂けた、そんな勉強期間だったように思います。

世界文化遺産であるフィレンツェ大聖堂がすぐそこに見える家に住み、
多くのフィレンツェ人達と出会い、
そしてテーブルを共にしました。

彼らの日常は淡々としていて
大きな変化はありません。
何もこれといって新しい事が起こる事は無いのです。
ただ日々目の前の仕事に向き合い、
そして家族と、友と一緒に過ごす時間を最も大切にするイタリア人達。
その彼らの姿は、決して薄っぺらなものではなく、
充実していて、そしてシンプルで、味わいに溢れていました。

人生を豊かにする為に必要な物は、
それほど多くの物はいらない。
それを教えてもらった気がしています。

テレビもクーラーも無いアパートを借りて滞在しました。
有るものと言えば、冷蔵庫、シャワー、キッチン、トイレ、小さなベットとタンス。
まずは扇風機を1500円で買う所からスタートしました。
2ヶ月後に帰国しなければならないので、
あまり物を増やす事は出来ません。
それでも、物が無い中でも本当に、
日々なんの不自由も無い生活でした。

シンプルな生活の中にこそ
充実した人生があるのではないか?
そう感じています。
箱が小さくなれば密度が増す。
そういう事なのかもしれません。

いよいよ2012年、
仕立て屋として大切な大切な秋冬シーズンです。
再び1着という単位に戻り、
この経験を活かして、
服作りに向き合って行きたいと思っています。

2012年7月22日日曜日

三つ目の問い



私が現在フィレンツェで2ヶ月と1週間という比較的長期間滞在している理由は3つあります。1つは現実的な仕事としての仕入れ(鞄やネクタイ、財布や小銭入れなど小物類)。2つ目はイタリア語の習得(友人が先生をしてくれ、文法の基礎から)。最後の3つ目は「人生の意味」を探しにです。

この3つ目の課題は、私がこの10年イタリアと通う中でいつの日か発露して来た課題であり、具体的に いつ という基点が有った訳ではありません。気がつけば存在し、そして年月と共に大きく成って来た課題です。

今回のフィレンツェ滞在において、この3つ目の課題に対して大きな刺激となる「知恵」を頂いています。それは、2つの事からその知恵を得ています。

1つは、今年の秋に私自身が設立予定であります「一般社団法人フィレンツェ文化基金」を通じて、フィレンツェの国会議員や職人達(マエストロ達)との対話の中でフィレンツェ文化について深くお聞きするチャンスに恵まれた事から、「文化とは何か?」という問いに出会った事です。

私自身がスーツの仕立て職人である事から、まさに西洋文化を仕事としている事に気づいたのです。正しくは、気づいてはいたのですが、よりその感触が強くなったと言うべきでしょう。私はスーツという個体の制作者でありながら、スーツ文化を中心とする西洋文化を正しく伝える役目も、同時に自分の仕事の中に内包されている事を知ったのです。それを知る事で自分の仕事の持つ「使命」を感じる事ができ、この「使命」が西洋哲学的な角度から言えば生きる意味に値する。今回の私の言葉でいう「知恵」と結びつく可能性を見ているのです。

そして2つ目、これがまさに目から鱗なのですが、イタリア語という言語を学ぶ中で、イタリア語の言語体系の中に、まさに西洋的な哲学が十二分に含まれている事を知りました。これに気づけたのは、私のイタリア語の先生である友人が、元西洋の歴史研究者であり、イタリア言語に対しても極めて深く精通している事が大きく作用しています。

例えば、イタリア語の英語で言う「be動詞」essere。この「essere」という一つの動詞の中に、いかに西洋哲学が内包されているかという話を聞きました。essereはいわゆる「=」を意味し、A=Bであるという事です。そしてA=Aでは行けないという法則があります。日本語にはこのessereという単語に変わる言語はありません。

まさに、この単語、この単語の持つ法則一つとってみても、その中に多くの西洋と東洋の思考の差が見て取れます。私は私。日本語ではこれで話を終える事が可能ですが、イタリアではそうはいきません。なぜならA=Aではいけない訳です。私=(私とは違う何か?)で表現される必要があるわけです。これはすべてに言える事で、この研究は?この仕事は?この人生は?となるわけです。

これを聞いた時、私の頭の中で何か千切れていた導線が繋がった気がしました。なぜ、イタリアにこの3つ目の答えを求めていて、そしていつの日かこの国でなら見つかる。そんな確信がずっとしていたのです。

まだまだ私の頭の中で、はっきりとした絵として表現出来ている訳ではないし、そうなる事はずっとずっと先の事だとは思います。しかし、今回のイタリア滞在が、この私の3つ目の答えに対しての大きな節目となる機会で有る事は間違いないでしょう。

思いきってこちらに来てよかった~。
そしてこの仕事に就いてよかった~。
そんな日を迎えています。

2012年7月15日日曜日

神々しい時間


フィレンツェを代表する世界的マエストロへの仮縫いは、さすがに仕立て職人として一言で光栄という言葉では表せきれない程の神々しい時間でした。

2012年7月7日土曜日

世界遺産都市に住むということ


世界遺産都市に住む
しかもフィレンツェ大聖堂から徒歩30秒の場所
なんでしょうね〜この感覚は
どう説明したらいいのでしょうか
すでに日本でどのような生活をしていたかを忘れ
すっかりこちらの生活に慣れてしまいました
10年通っているので土地勘はありますし
日常生活を送る為のスーパーの場所や
昼食を美味しく安く食べられるレストランもすでに知っています
コインランドリーもすぐ近くだし
こちら用の携帯もネット環境もある
友人もいるので
なんの不自由もありません

アパートから外へ出ると
中世の町並みがそのまま残る世界
はっきり言って日本とは異次元です
これが現代?
常にそんな感じ
それでもフィレンツェはイタリアの中では都会な方です
観光客も年中一杯ですしね

ここに住む意味?
だんだんわからなくなって来ました
でも一つ言える事は
一日の速度が人間の体に合っているってこと
たしかにあっという間に1日が終るのですが
変なストレスなく過ごす事ができる街です

そんなフィレンツェがやっぱり大好きです

2012年6月26日火曜日

なんともない1日


フィレンツェ生活6日目。
今日の午前中はイタリア語の授業。
私のアパートに家庭教師の先生が来てくれるのです。
上手に教えてくれるのですが、
何せ学生時分から机で勉強する習慣が無い為に
机について教科書とノートを目の前にするだけで
睡魔が。汗””(中学高校の時の習慣トラウマ。。。)
しかしそうは言っていられません。
頑張らねば。

昼からフィレンツェの衆議院議員にご挨拶。
フィレンツェ文化基金の設立に向けての内容説明に行って来ました。
フィレンツェの財団に移動してインターネットを借りて
ホームページをアップ。
それが終ると帰宅して午前中の授業の復習。

そして夕方(とはいえ7時過ぎ、こちらはまだ明るいですからね〜)
から散歩がてら買い物へ

夕食用のマメ缶とトマトのホール缶、
ガッサータ(炭酸入りの水)
を買って帰宅。1時間程歩きました。

これからいつもの友人が家に来るので、
今日という日も、深夜1時頃まで続くかな〜。

これがフィレンツェのなんともない1日。
ほんとなんともない一日。

でも、
なぜか日本ではありえない程充実するんですよね〜。

あっ今大聖堂の鐘が鳴っています。
21:00を知らせる鐘?
(私の今回借りているアパートは大聖堂の真横なので
鐘の音が大きく聞こえます。クーラーが無いので窓を開けていますしね)

2012年6月25日月曜日

サンジョバンニの日から一夜明けて


昨日はフィレンツェの守護聖人サンジョバンニの日。
フィレンツェ市の関係者席でのミサ、
そして夜の花火はなんとも幻想的。
まさに中世にタイムスリップだ。
花火の特等席プラチナチケットを分けてくれた
フィレンツェの兄「PAOLO PENKO」氏に心から感謝したい。
本当に素敵な一日をありがとう。

今日も午後から
フィレンツェ第一行政区のピノッキオ協会の理事にご挨拶をさせて頂く。

今回フィレンツェ行政区の内側に食い込んだ接触をする事で、
本当にこの街は世界の京都だと感じる。
京都と姉妹都市であるだけでなく、
行政を作り上げている空気、
もしくは人と人との繋がり方、ややも閉鎖的な市民性など。
歴史深き土地、脈々と世界の遺産を保護してきた人々の知恵と文化が
この街の至る所に感じる。

京都も3代住まないと本当の京都人とは認められないらしい。
ならば世界の京都であるフィレンツェは、
何代住めば真のフィーレンティーナとして認められるのだろう?
そんな事を思いながら昨夜も気づけば朝の4時になっていた。

2012年6月24日日曜日

イタリア4日目


イタリアに来て4日目。今の所暇無し。到着当日から朝までミーティング。その後も日々何かしらぎっしり。久々のフィレンツェでのアパート暮らし。足りないものの買い出しもある、あと2ヶ月しっかりと滞在して沢山のやるべき事がある。
しかし、これだけ忙しくても日本の忙しさとは訳が違う。世界遺産を背景に暮らすという事が意味を持つのか、やっぱりイタリア人という陽気な民族との相性がいいのか?はっきりとは分からないが、言える事はこの街とは馬が合う。

明日はフィレンツェの守護聖人サンジョバンニの日。
午前からミサが執り行われ、夜には花火が上がる。
夜の花火は川沿いに特設されたフィレンツェ行政区関係者席に席を頂いた。
フィレンツェ市長にご挨拶もあり、今年の秋に私が設立予定のフィレンツェ文化基金の説明もしなくてはならない。

昼はうだるような暑さだが、夜は涼しい。
私のアパートにはクーラーが無い。
今の所大丈夫だ。

がんばって夜は自炊している。
料理が趣味なので問題ないが、
食器を洗って、コンロ周りを磨いて、
近々洗濯もする。
なんだか新鮮だ。

来週は2件目の鞄の工房を訪ねる。
フィレンツェ郊外だ40分ほど電車に乗る。
サンプルが美しかったので、たぶん仕入れる事になるだろう。
コツコツ仕事をして、また新しいトスカーナを発見していきたい。

2012年6月18日月曜日

僕だけのシンボル完成


仕立て屋のシンボルは「鋏はさみ」なんです。
だからソムリエの人が襟に葡萄のシンボルをつけるように、
仕立て屋さんは鋏のピンをつける事があります。

仕立て屋になって今年で12年目。
フィレンツェで出会ったジュエリーアーティストの友人に
私の人生初の鋏のシンボルピンを依頼しました。

私の為だけに、一からデザインされ、
作り上げられる、世界でたった一つだけのオリジナルピンです。

半年という時間をかけて
ようやく完成に至りました。
真ん中には小さなダイヤが光ります。
普通仕立て屋さんの鋏は開いている鋏がほとんどなのですが、

私の鋏は閉じています。
「これは、誰にでも開く鋏じゃないんだよ。
気が向いた時にしか開かないんだよ。」

という仕立て屋のプライドを表現してくれたという事です。

何の文句も無い、すばらしい私だけのピンが出来ました。

明後日から、私が最初にイタリアを訪れてからちょうど10年目の
イタリア2ヶ月滞在が始まります。
この鋏を襟につけて、10年目のイタリアを歩いて参ります。

2012年6月7日木曜日

今年の夏は2ヶ月間フィレンツェ滞在



夏のイタリア滞在期間が決定になりました。

6月19日関空発 → 8月26日フィレンツェ発(8月27日関空着)

基本的にはフィレンツェにアパートを借りて過ごす予定です。
午前中はイタリア語のレッスン、
昼からはいろんな人に会う為にうろうろ。
夜は可能な限り自炊して過ごすつもり。
フィレンツェに一人で2ヶ月間。
久しぶりの中期滞在。
さて、どんな夏になりますか?。。。

2012年5月13日日曜日

楽しむ困難さ


物事を楽しむという事は 意外に難しい事であると
つくづく感じている

絵を鑑賞する
音楽を鑑賞する
建築物を鑑賞する

ただ感じればいいと人は言うが
どうしても考えてしまう
そして考えれば考えるほど迷宮に陥る

何も考えるなと言われて
何も考えないという事が出来る人がいるのだろうか
私は必ず意識してしまう

美しい物を美しいと思う心は
アングルによってずいぶんと姿を変える

私に圧倒的な感動をもたらしたフィレンツェの町並みも
10年通った今となっては身近な風景となる

人間は慣れる
慣れてしまう

だからこそ新しい世界に進んで行く事ができるのか

いずれにしても 楽しむという作業は
意外にも難しいということを最近いつも考えている、、、

2012年4月28日土曜日

伝統や文化


伝統や文化とは、
崇高な哲学があり、
それを下支えする職人技術があり、
それを味わう事のできる心があり、
それを継承する人がいて
初めて花開く世界だと思う。

この暴走を続ける現代社会において、
再び新しい優美な文化が花開くのは
もう不可能に限りなく近いだろう。

私の知る日本とイタリアには、
かろうじてその哲学と技術、
心を持つ人が残っているが、
年々減少を続ける。

「時代が違う」という軽々しい言葉で
すべてを流してしまっていいものでは決して無い。

原発問題ともリンクする言葉だが、
今、立ち止まる勇気が最も重要なのかもしれない。

2012年4月23日月曜日

今年の夏は、2ヶ月間イタリアに滞在する事に。


今年もあっという間に4月後半。
こんなに一年って早いの?って今年程思う年はない。
これが35歳を過ぎると、
どんどん1年が早くなるというやつなのでしょうか。。。

今年は6月中旬〜8月下旬まで
フィレンツェに滞在することを決めた。
向こうではいろんな案件がある。
今年私が設立する「フィレンツェ文化基金」と、
フィレンツェ市との協力関係を築いたり、
フィレンツェの財団のプロジェクトに携わり、
日本の官庁との連携や、活動方法を模索したりなど。
「公」に関する仕事が多い。

しかし、そんな案件があるからといって、
本業の仕立て屋を2ヶ月も離れて大丈夫か?
という思いも無い訳ではない。

だが、本業の仕立て屋がお蔭様で順調で、
2ヶ月イタリアで滞在するリスクを
かろうじて負える環境にある。
そんな環境に恵まれている時こそ、
さらに大きな視野、さらに深い知見を得るために、
多少のリスクを負う事こそが、
今後の仕事の為にも、
そして今の年齢を輝かせる為にも、
必ず必要な事であると思うのです。

あっという間に時間は過ぎて行きます。
後悔はしたくない。
一年一年、一日一日を大切に生きたい。

「攻めるは最大の防御」という感覚とは少しちがって、
「防御のみでは、いずれ行き詰まる」というニュアンスが心境としては近いでしょうか。

せっかくの貴重な2ヶ月。
この夏はイタリアで、
大いに羽ばたき、大いに吸収する。
そんな素晴らしい機会にしたいと思っています。

6月中旬〜の、
2ヶ月間のフィレンツェ滞在記。
またこちらのBLOGでも紹介するつもりです。

2012年3月26日月曜日

2012年3月16日金曜日

鎌倉探索!!


最近のマイブームは鎌倉のグルメ探索
昨日も行って来ました

久しぶりの大ヒット!!
魚の美味しいこと
野菜の美味しいこと

タイムの香り一杯の
すばらしいイタリアン
シェフありがとう!!

また行きますね!!

2012年3月15日木曜日

ヒント


あがけばあがく程深みにはまる場合と
あがく事で助かる場合がある

私は何もせずに後悔するより
やれることをやって後悔するほうが好き

何かを探し続けていると
いつもきまって神様がヒントをくれる
そんな体験を沢山してきた

本の行間に
映画のフレーズの切れ端に
友人知人の言葉の隙間に

思わぬところにそのヒントは隠されている

大切な事は何かを求めるという心
生きる意味を探す行為
人生を能動的に受け入れる姿勢

正しさなんてないかもしれない
ならばせめて自分が信じる事のできる道を歩もう

1の哲学は1000の知識に勝り
1000の知識は1の哲学を得る道具となろう

そして答えが出るきっかけは
思わぬタイミングでやってくるものだ

2012年3月10日土曜日

歳を重ねるという価値



歳を重ねるという価値

今まで感じなかった事が感じられるようになったり
同じ映画を見ても 見るアングルが変わって さらに楽しめたりと
何かを楽しむという事に上手になれる
その積み重ねが きっと人生を豊かにするはずです

2012年3月6日火曜日

点と波


人生は、量子論の議論と似ていて、
点であり波である。

一日という点と、
昨日から明日へと続く連続性としての波。

僕は、スケジュール管理としては波を捉えるが、
基本的に大切にしているのは点。

今日を輝かせることが最優先。
その繰り返しをすることで、
振り返ると輝く波が見えると信じています。

2012年3月2日金曜日

春夏シーズン本番!!


春到来!!
新作生地も揃い、春夏スーツの受注もいよいよ本番。
お蔭様で順調なご予約を頂いています。
フィレンツェから新しいインスピレーションを持ち帰り、
新しい試みも始めます。

今年の夏生地のお薦めは、コットン、コットンシルク、
リネンシルク、ウールシルクなど。

今年は、もしかしたら数ヶ月間、
フィレンツェに滞在しなくてはならない可能性もあり、
夏は日本にいないかも。

日本での仕事をちゃんとこなして、
また新しい世界を開拓して行きたいと思います。

2012年2月28日火曜日

トスカーナクラシック



日本未入荷のすばらしいトスカーナクラシックの仕入れに成功。
ご興味の有る方はご連絡下さいませ。
数に限りが有り、すでにご予約を多数頂いています。

仮縫い


一針一針に意味が有り、はっきりと着心地が変わって行きます。
SCAMAT、バレンチノ・リッチの仮縫い。
南イタリアの彫刻的なライン。

2012年2月15日水曜日

ご縁という奇跡



ご縁が膨らんで行く時というのは、ここまで加速的になるものなのでしょうか。

この度、フィレンツェの財団「ロムアルド・デル・ビアンコ財団」の総帥、
パオロ氏とのご縁をフィレンツェにて頂きました。

ユネスコの国際機関であるICCROMの前トップであった、
マルク・レイネン氏と共に、
この度パオロ会長が来日されました。

多忙なスケジュールの中、
2度の夕食をご一緒させて頂きました。
この度、正式に財団のエキスパートメンバーとして
任命して頂く事になりました。
今年6月には、フィレンツェの国際委員への推薦。

フィレンツェと往復し始めて10年という節目の年、
多くの哲学と生き方を教わったフィレンツェに対し、
何か恩返しをしたいと思っていた矢先の出来事。

重席に身の震える思いでありますが、
私は私、等身大で
自分の出来る事を一つ一つ探して行こうと思っています。

「世界文化遺産を守る。」

そこには歴史を受け継いで来た人々と共に、
深い深い世界があるようです。

2012年2月7日火曜日

スモークを家で!!


僕の趣味は料理。
素人料理だけど、作るって楽しいです。
そして食べれるってところがまたGOOD。

週末から再び関東出張だから、
またキッチンの無い世界。涙。。。
今のうちにキッチン楽しまなきゃ。

今日は、イタリアの友人シェフに教えてもらったサーモンのスモーク。
家のフライパン二つ重ねて!!
本当にこんなので出来るの!?

「できました!!」

ちゃんと香りがついていて、
ほんと、やれば出来るもんですね。
面白い!!
家で手軽にスモークができるなんて、結構感動!!
サーモン以外でも試してみたい!!

2012年2月5日日曜日

ハンバーガー


私の趣味は「料理」。
今日は特製ハンバーガーを作った。

ちゃんとハンバーグから作る。
写真では見えないが、
ベーコンの下にソースが隠れている。

「モスバーガー風オリジナルソース」
タコス用ソースに、マヨネーズと一味とコショウを混ぜて、
みじん切りのタマネギを水にさらしていたものを加えると、
オリジナルモスバーガーソースの出来上がり。

欲を言えばバンズも手作りしたい。

「充実した人生を手に入れるには、
それだけの手間がかかる。手間を惜しんではいけない。」

誰かが言った言葉を大切にしている。

2012年2月3日金曜日

悪女を愛するような事


イタリアから帰国して6日目、いつも帰国後はいろんな事を思う。
3週間の滞在で、イタリア人の出来の悪さをしっかりと見せつけられた。
駄目だな〜イタリア人って。
と、一日で何度もそんなシーンに出会う。
しかし、それと共にそんなイタリア人を羨ましくも思う。

日本では絶対に許されない事でも、
イタリア人だからしかたなしとして許される国。
年間で2ヶ月は休まなくては行けないという法律だからね〜。と、
この経済不況最強の国に済む人からそんな声が聞こえる。

野菜が安い。そしてとっても美味しい。
ワインが安い。そしてとっても美味しい。
チーズが安い。凄く美味しい。
貝も激安。(アサリは日本の勝ち)
キッチンが有れば天国の国だ。
でも経済が回っていないので、
日本人なら大喜びの野菜の安さでも、
彼らにとっては高いようだ。
成人男性の平均所得が10万円強。
それでも生きれる国が豊かなのか、何なのか。

外食は、日本に比べて圧倒的に種類が少ない。
なんだかんだいっても、パスタ、ピッザ系が軸で、
どこへ行っても基本的には同じようなメニュー。
中国料理は本当の中国人がやっているので、
食材が怖くて入れない。
日本料理屋から聞こえてくるフライパンにお玉が当たる音。
餃子の王将で良く聞く音だ。
そんな日本料理屋、怖くて入れない。

コンビニも無い不便極まりない国。
しかし、これほど魅力を持った国もないのだ。
イタリアに魅せられるとは、
悪女を愛してしまうような事なのかもしれない。

もう、イタリアから逃れられない。











2012年1月31日火曜日

背景について

(フィレンツェの世界的彫金師マエストロ、PAOLO PENKO氏の採寸中)

3週間イタリアに滞在すると、仕立て屋として創作意欲に湧いて来るのが嬉しい。スーツがフィレンツェの歴史地区を背景に美しく映えるのだ。しかし残念ながら日本へ帰国すると、創作意欲が半減する。フィレンツェの町並みと比較するのが間違っているというものだが、それにしても背景がひどい。いくら美しい服もそれにふさわしい舞台があってこそだ。同じオペラ鑑賞でもやぱりスカラ座は気分が乗るしその気になれる。俳優達も一段と気合いが入っているのが手に取る様に分かる。良き舞台とすばらしき俳優、そして衣装は三位一体なのだ。
しかし、だからといってあきらめてはいられない、それでも日本の男性陣は、かっこよく女の子を口説かなければならない。それにはかっこいいジャケットやスーツがいる。イタリア流計算式でいくと、やっぱりそこに需要はあるし、私のやるべき仕事がある。
 また今年もイタリアに新しいインスピレーションがあった。いろいろ試してみたいラインがある。また今年も一着一着挑戦していきたい。

イタリアから帰国して。


3週間のイタリア滞在を終えて思う事。
体力、精神的に結構大変だった今回のイタリアの旅。

イタリア人は「ノン チェ プロブレンマ」(問題ない)というが、むしろ問題しか無い国。
相変わらず電車は遅れ、新しく入ったミラノの鉄道切符自動販売機は、(ぺっ)と、吐き出すようにおつりの紙幣を出す。ネットが繋がるホテルを予約したのに、部屋に入ると繋がらない。昼は3時頃まで店が閉まり、ずっと店員はお昼ご飯。食べ物は基本重たく、コカコーラはぬるい。常にイタリア人の「大丈夫」という言葉を疑いながらの日々。
そんな不自由極まりない国から、世界一清潔で安心で安全で誠実で、上品な国民を有する国へと帰った。日本って本当に、いいところまで来ている国なんだと思う。

日本が足りない所は、お洒落ではないところ。いろんな意味でセンスがないところ。自分たちの持っているすばらしい所を知らないこと。重箱の隅をつつくばかりで、わざわざ自分たちで自分たちの肩を凝らしているところ。この国は、国民全体的にM気質が有るのかもしれない。意味のあることと、無い事を精査して、皆で前向きになれたら、これほど強い国は無い。でも、今の日本人にはそれができない。

イタリア人はそれができる。
あんなにいいかげんな国民なのに、
もしかしたら、人生を生きる速度、力の入れ加減、入れる場所の一番「良い加減」を知っている国民なのかもしれない。彼らの作る、あっという間に故障する赤いスーパーカーが、世界中の男を魅了するのも事実だ。恐ろしい程に未完成な国が世界中を虜にする。

ん〜あの国に長く滞在すると、日本を愛するようになれるのも確かだが、
あの国がない人生はやっぱり考えられない。


2012年1月5日木曜日

もうすぐフィレンツェへ飛ぶ


後数日で、第2の故郷「フィレンツェ」へ向けて私は飛ぶ。
ああ〜、この時をどれだけ待ち続けたことか。

フィレンツェに飛ぶ理由は、もちろん仕事もある。
しかし、それだけではあまりにも勿体ないし、
フィレンツェまでわざわざ行く意味などない。

やはりフィレンツェには、人生を意味を取り戻しに行く。
日本は日々戦場のようなものだ。
なんだか良く分からないうちに、
どんどんスケジュールが埋まって行く。
忙しさの中に、心が失われていく。

暇をもてあまし過ぎるのも、心が磨かれない気がするが、
忙しすぎるのは、磨きすぎて潤いが無くなるのと同じで、
結局意味が無い。

心が常に潤っていて、
充実した日々を送るには
相当の生きるテクニックが必要だと思う。

しかし、フィレンツェではそのテクニックがいらない。
ただ、ぼーっと街を歩いているだけで、
どんどん一日を充実させてくれる。
あの感覚はなんだろう。。。
私の世界一のパワースポットである。

1月28日までの約3週間。
精一杯パワーを充電して、
日本に持ち帰りたい。