2015年5月30日土曜日
素粒子の世界と宇宙論
旧約聖書での安息日となる土曜日です。
今日も寝起きに風呂場での冷水行で死にそうになってのスタートです。
新しい宇宙論が気絶するほど興味深い。
原子核の中に陽子と中性子があり、原子核の周りには電子が帯びて、それが組み合わさって地球上の万物が形成されている事は、すでに私たちの認識です。
そこで現在最も新しい理論として出てきてのが、たった1立方センチメートルの中性子の中に、全宇宙を超えるエネルギーが存在するという計算になってしまうという発見です。 これは驚きの事実です。という事は私たちの体の中には数十億個の銀河系が持つエネルギーが入っている事になるからです。
中性子はブラックホールである。という事らしいですが、それがどういう意味なのかは私にはわかりません。しかしイメージするだけでも凄い事である事はわかります。
さらに電気的宇宙論と組み合わせて想像すると、私たちの体の中の膨大なエネルギーが宇宙を創っているほとんどの要素であるプラズマとつながれば、全宇宙と瞬時につながり、量子論的な要素を合わせると、次元を超えた奇跡の旅が実現してしまうのです。 そうなると「悟り」とも似た世界を理論上で体感する事になります。
いや〜大変興味深いですね。
今日も無事な1日でありますように。
2015年5月29日金曜日
「冷水行」
本日は「冷水行」からスタートしたいと思います。
冷水行というものをネットで知りました。
いわば簡易的な滝行のようなもので、
毎朝寝て起きてすぐに冷水のシャワーを浴びるというものです。
なんでも一度はやってみないと気が済まない私は恐る恐るやってみました。
いざやってみると想像と結構違いました。
そもそも「滝行」とは、滝つぼに入り気合を入れて滝を浴びる。はじめは冷たさや衝撃で苦しいが慣れてくるとそれを超えられる。徐々に苦しさが消えてゆき水に打たれる感覚だけが残る。滝という激しい水の中では雑念が湧く余裕すらなくなるので精神統一が行いやすい。自然と向き合い自然と一体化する体験を得る。
坐禅にも近い境地を求める行です。
実際にやってみると、冷水を浴びるってこんなに辛い事かとびっくりしました。3分が目安だという事ですが、無理無理〜〜〜〜〜!!それでも、現在なんとなく癖になり毎日やっていますが、やっぱり30秒が限界です。汗”” 心臓にショックが少ないように、一応最初は足から浴びて、そして頭から浴びるのですが、もうなんといったらいいのか。お経など、とにかく大声をだしてなんとかしてこの冷たさをまぎらわせたいという衝動にかられます。もちろん近所の人が朝からびっくりするので、声をこらえて泣きそうになりながら浴びるのですが。。。
「効果」としては、
1日の最初にもっとも嫌な事に取り組む事、さらに心臓を一気に動かして毛細血管の隅々まで一気に血液を回す事、そして本能的な部分に軽い恐怖心みたいなものを与える事。
この3つの原因を作る事で、その日1日の中で嫌な事でもやらなくてはいけない事などに、取り組みやすくなる。「冷水行に比べたらこんなのは楽かも!!」って具合に、それを本能的に思考できる原因を朝一番に作るんですね。
やってみて、結果は、
たしかに、一瞬で目が覚めて冷水行のすぐ後から、服を着てすぐに頭脳も明晰で仕事に取り組めるようにはなりますね。
私は午前中にがっつり仕事をしなくてはいけないスケジュールの組み方を最近やっていますので、大変この冷水行は役に立っています。
宗教的な、精神の浄化だとか、自然との一体化などとは、まだまだ異次元の世界です。冷水行たった30秒で、泣きながらシャワーから出てきて、服着て仕事を始めるといった、現場は大変情けないものです。。。
2015年5月28日木曜日
「坐禅」
本日は「坐禅」からスタートしたいと思います。
私が崇拝してやまないのは曹洞宗の開祖「道元」です。
徒(いたずら)に見性を追い求めず、坐禅している姿そのものが仏であり、修行の中に悟りがあるという修証一等、只管打坐の禅を伝えました。
ただ座るという極めてシンプルな様式をもって、私たちが現実という物質世界とは違う、宇宙や意識世界または多次元世界(過去や未来も含む)と常につながっている事を認識させ、人々に自然界宇宙の理を示し、人間それ、そのものが個として仏であり、すでに完成された意識体であるという事を教えました。
しかしながら、いざ座ると、 何も考え無いという事の難しさ 物質世界のさまざまなノイズが否応なしに脳裏をよぎります。 消そうとすればするほどいっぱいになってくるノイズ 執着を無くすという困難さが痛いほどよくわかります。
「自我をなくそうとする事は自我 無くそうと思えば思うほど自我が強くなる」
毎日5分10分坐禅をする中で、理屈ではない世界を求めて。。。
2015年5月27日水曜日
ダビンチを表す7つの要素
おはようございます。
本日は、「レオナルド・ダ・ビンチ」を表す7つの要素からスタートしたいと思います。
ダビンチの要素を7つに分類した方がいらっしゃいます。
大変興味深く、さらにダビンチの天才ぶりに大変驚かされる内容です。
ダビンチの様には絶対になれませんが、情報量が加速度的に膨張し続けている現代、すでに人間個人の力で情報を追いかけるのは不可能となりました。情報に溺れ現実を見失い先進国での多くの人々が「鬱」との戦いです。
そんな現代において情報とは何か?人間が人間として豊かに過ごして行くために持つべき基礎教養とは何か?のヒントをダビンチは教えてくれている気が致します。
ーーーーーーーーーー
1、Curiosita(クリオシタ) 人生に対する貪欲な好奇心、また常に何かを学ぼうとする精神。 才能ある人々は、常に疑問を持ち、質問を繰り返しながら生きている。
2、Dimostrasione(ディモンストラツィオーネ) 知識を実験によって何度も試す粘り強さ、また失敗から学ぼうとする姿勢。
3、Sensazione(センサツィオーネ) 5感を磨く事、(視覚・聴覚・味覚・触覚・臭覚)
4、Sfumato(スフマート) 曖昧な事、矛盾、不明確な事を容認する心
5、Atte/Scienza(アルテ/シエンツィア) アートとサイエンス、理論と想像のバランスを養う事。脳を全体的に使う事。
6、Corporalita(コルポラリタ) バランス感覚のある身のこなし、優雅さ、軽さ、手先の器用さ
7、Connessione(コンネッシオーネ)連結 すべての物事や現象が、宇宙的な領域も含めて、互いに複雑な関係で結ばれている事を認め、理解する事。
2015年5月26日火曜日
天使ガブリエル
今日は天使「ガブリエル」からスタートしたいと思います。
天使ガブリエルは天使の中でも珍しく女性系。こんな美しいガブリエルなら是非お会いしたいものです。
ガブリエルは、キリスト教での聖母マリアへの受胎告知で有名ですが、ユダヤ教のタルムードにはモーゼの遺体を運んだのもガブリエルと記されており、イスラム教の預言者ムハンマドにコーランを書かせたのもガブリエルだとか。。。
聖書においてガブリエルは「神のことばを伝える天使」とあります。それでは神は、キリスト教とイスラム教を作った事になります。でも現在も宗教間での争いは絶えません。神の意図はなんだったのでしょうか。
ガブリエルにお会いしたら聞いてみたいと思います。
今日も無事な1日でありますように。
2015年5月25日月曜日
松果体という脳のCPU
本日は、「ヘルメスの杖」からスタートしたいと思います。
バビロニアやエジプトの古代遺跡に記されてる
ギリシャ神話にも出てくる「ヘルメスの杖」
2匹が絡み合った蛇=ヒトゲノム(螺旋状の遺伝子)
杖の一番上の⚪︎が「松果体」と言われています。
古代遺跡にも人間の脳の構造を記した壁画。
バチカンの中央にもなぜか「松ぼっくり」=松果体
松果体=人間の脳のCPU的な機能
精神鍛錬をすることで松果体を自ら操れるようになると、 ペルーのヨガの奥義では、氷の上に長く座禅を組んでも 寒くもなく、いつまでも氷を溶かさずに座り続けることができるらしいですね。
チベット密教では、真っ赤に焼けた石の上を歩いても火傷ひとつしない。
これも松果体が起こす人間の不思議だとか。
人間の体は不思議でいっぱいです。
知ることで新しい世界が開け、
新しいアングルを手にいれることができます。
そして新しい価値観との遭遇は
人生の最も大きな喜びの一つだと思います。
2015年5月23日土曜日
DNA

おはようございます。
今日はDNAからスタートしたいと思います。
DNAはデオキシリボース(五炭糖)とリン酸、 塩基 から構成される核酸である。 ???全く私には何のことかわかりません。汗”” が続けます。
塩基はプリン塩基である
アデニン(A)
グアニン(G)
ピリミジン塩基である
シトシン(C)
チミン(T)
の合計四種類ある。
4種類しかないと言うほうがふさわしいかもしれません。
人間の遺伝子の中に、地球上の他の生物には一切見られない「223個」の遺伝子が発見されたそうです。 人間だけが持つ遺伝子。 この遺伝子はどこから来たのか? 誰からもらったのでしょうか?
意識・魂・肉体・DNA・奇跡・覚醒・古代遺跡・神話・神・仏・科学技術・宇宙・天体・次元・素粒子・量子力学・・・
偉大な発見や、新しい価値観との出会いは お金に変えられない豊かさがあります。
2015年5月22日金曜日
Platon

本日は、古代ギリシャの哲学者「プラトン」の言葉からスタートする事にします。
「あなたは、あなたが死ぬまで幸せだったかどうかは言えない」
難しい言葉だと思います。
いくら心の平安を求めても、そもそも私たちの目や耳にに入るすべての事象は幻なので、得ようとして得られるものでは無いという事なのでしょうか?
そもそも無理な事をいくら求めても仕方がなく、あなたが求める事をやめた時、初めて心の平安は訪れる。心の平安は、あなたが執着に対する歩みを止めた時、それと同時に現れるという事なのでしょうか。
もしそうであったとしたなら
道元が示した只管打坐(しかんたざ)
空海が「虚空盡き、衆生盡き、涅槃盡きなば、我が願いも。。。」
仏教哲学にも引き継がれている気が致します。
2015年5月21日木曜日
「ジッドゥ・クリシュナムルティ」

近代の聖者「ジッドゥ・クリシュナムルティ」は、
(あくまで私の理解です)
「自由」を説きました。
権威、信仰、そして自らの信念さえも
その一切の執着を捨て去り
自由を求めなさいと
あなたが執着している
記憶、経験、失敗、野望を捨て
それらの全てを終わらせることが出来た時
そこには「絶対的な自由感」があると
自分の小さな苦痛からの開放感があると
彼は同時に「愛」についても語りました
愛は美しく、優美であると
嫉妬、野望、攻撃、暴力などは
愛の中には有りえない事に気付きなさいと
愛ある行動は正しい行いになり
その行いは葛藤をもたらさない
嫉妬や敵対心などの
人間関係のあらゆる苦悩から解放されると
説きました
「Connessione」
今日は、イタリアの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチの
「Connessione」
という言葉からスタートしてみたいと思います。
直訳すると「接続」となりますが、
彼の言う意味はそう単純なものではなく、
水面に石を一つ投げたら、
その波紋はあらゆる方向に、
あらゆるものを巻き込みながら宇宙にまで広がって行くのと同じように、宇宙と私たち人間を含むすべてのものは繋がっているという意味だそうです。
古代エジプトのトート神から受け継がれてきた、エメラルドタブレットの言葉
「上のごとく下も然り」と同意かと思われます。
16歳にして覚醒したと言われる
南インドの聖人 ラマナ・マハルシ
「真理こそが私である」
ここでいう「私」とは、
もちろんラマナ自身を意味するものではなく、
私たち一人一人を言う。
2015年5月5日火曜日
歩く速度
仏教では執着を断つ事で涅槃へと導かれるとあります。
心静かな世界、悟りの境地とはどんな世界なんでしょうね。
元々私は 人様からこのように思われたいとか、
あれが食べたいこれも食べたい、
あれが欲しいこれもいいな〜など、
コンプレックスや煩悩で一杯でした。
最近そういった欲から
なんとなく少しだけ解放される時があります。
そういう時ってすごく楽なんですよね〜
まだまだ生き方が下手だな〜っておもいます。
私も気がつけば40歳
これからは、少しだけでも歩く速度を緩めて
もっと景色を味わって行けたらと思います。
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