2015年9月21日月曜日

優先順位



イタリア人とひとくくりで言うのは難しい
これは日本も同じで日本人と言っても
大阪人と東京人は違うし
大阪人と京都人だって
関西圏に住んだ事のある人からすれば結構違う

私はフィレツェが拠点なので
どうしてもフィレンツェ人との接点が多い
なので私がこれからイタリア人と言うのは
フィレンツェ人を基本として捉えて頂いていい。

イタリア人達はステキだ!!
彼らは今日を生きている。
今日を輝かせるために生きてる。
彼らは良い意味でいい加減だ。
待ち合わせ時間も仕事の納期も
彼らの社会はそれらを守らなければならないもの
という意識が日本とは決定的に違う
少しぐらいならずれて当たり前だし
公共工事なんていつ終わるのか?
現場の人すら分かっていない。
終わった時が終わる時。
そんな感じだ。

日本とイタリアとは優先順位が全く違う
まあそれが文化というものだが
本当に文化の違いというものは面白い。

例えば、納期を守る事と
意味ある作品にじっくり取り組む事と
どちらが大切だと思いますか?
人間調子の良い時も悪い時もある
仕事も乗る時もそうでない時もある
何が大切で何が優先されるか?
そこを日本の社会ももっと考えて行く必要がある

みんながそうだからと盲目にルールを守って
はみ出さないように、
はみださないようにして生きる事に
日本人はみんな疲れている気がする
もっと自由でいい社会にならないと
自殺者も減らないぞ!!
いろんな価値観を認められる国こそ
豊かな国だと思う。

ピュアな食生活


ピュアな食材というものに最近目覚めて
楽しんで趣味の料理をしています。
私のピュアというのは2つの意味を持っていて
「新鮮さ」「無添加」です!!

今年の夏にプーリア地方のサレントという
美しい漁港で魚介類の究極の鮮度という
すばらしい食材に魅了されました。
そこで、昔から日本でも言われてきた事ですが
食べるとは「命を頂く事」その意味を
本当に実感できたのです。
今日を輝かせるために
食事の大切さ食卓の上にどんなものが並ぶか?
それが私たちの心と身体のエネルギーになるのだと。
感動させられるインスピレーションとは
常にシンプルなものであります。

2015年9月10日木曜日

ありのまま


よく自己啓発本なんかに
「がんばらなくていい」
「ありのままでいい」とか書いてあります。
ずっとずっとその内容に私は否定的でした。
(がんばらなくて、どうやって生きていくのか?)
(ありのままで、どうやって我が子供たちの口を養っていくのか?って) 

でも、今回のイタリア滞在で
なんとなくその意味がわかる気がしてきました。
「がんばらなくていい」というのは
意味のない事をするから「頑張る」という
ニュアンスになるのであって
自分は何を楽しいとおもうのか?
自分は何をしているとき最も自然体でいられるのか? 

ありのままといっても、
何も一日中TVを見て寝ていろと言っているのではなく
何か、自分の中にある光る物に気付き
日々の導きの中でいかに自然体に生きれるか?
それが自分を最も輝かせる事ができる方法だと
そういう道標的な意味かもしれないと
思うようになりました。

言葉の面白さに気づく!!


言語の種類とは大変面白い質を持っていると
今回のイタリア滞在で感じました。
イタリア語で接客したり、
イタリア人の友人と話したりしていると
自分が日本語とはなんだか違う気分で話している事に気付きました。
そして、なんとなく同じ内容を話していても
日本語とはニュアンスが違うのです。
言語って相手に自分の思いを伝える行為
たとえば私が仕立てた服の説明をするとき
イタリア語の方が胸の中の思いがストレートに出たり
気分が言葉に乗せやすいと感じました。
日本でも言霊というものがあるように
言葉には大きな力があると思います。
イタリア語って、芸術とか物づくりの
クリエイティブ系の人の能力や情熱を
引き出してくれる言語かも知れません!!

2015年9月9日水曜日

シンプルな新しい気付き


イタリアという国とご縁を頂いて15年
いろんな事をイタリアは私に教えてくれました。
そして今もその教えは続いています。
その教えは段階的に、そしてより精神性深くなってきており、
面白い事は、その内容がより単純なもの、
よりシンプルなものへと変わって来ているという事です。


私は若い時からいろんな事に疑問を持ち、
何が正しいのか、何が重要なのか、何が意味ある事なのか
いつも考えてきました。
そういう事を考えるのが好きな性質なんだと思います。
聖書の言葉にあるように、
「求めれば得られる」という言葉を信じて、
自分なりに答えを求めてきました。

今月で41歳になりますが、
今回のイタリア滞在でもまた再び新しい気づきを頂いています。
 今回イタリアからもらった気づきは、大きく2点ありました。
 大変単純な内容なので、おかしく思われるかもしれませんが、

 一つ目は、体の無駄な力を抜いてリラックスする中から
自然に物事を見るアングルの大切さです。
理屈っぽいアングルでもなく、
ただ怠惰に過ごすだけのアングルでもなく、
ありのままに見るという自然なアングルです。
このアングルは実は大変難しく、
座禅や瞑想などとよく似ていて、
 得ようと思えば得られず、
考え出すと雑念となりノイズが発生してしまいます。
ただ見る。
そういうアングルの重要性はある意味
なアングルなのかもしれません。

 二つ目は、食の重要性です。
 食の重要性なんて誰でも知っているテーマですし、
私自身も15年前から料理を趣味として生きています。
そんな中での新しい教えは、
ピュアな食材の神々しさとピュアな食材を活かした
シンプルな料理の素晴らしさです。
これは今回のバカンスで訪れたプーリア地方の
サレントという漁港の 美しい街で教わりました。
当たり前の事を教えられているのに、
それがあたかも新しい発見のように新鮮に感じる時があります。
まさにそういう教えこそ大切な気づきなのだと感じています。
なにもかもが揃う日本に生まれながら、
特に新しいものなんて何もないイタリアという国に大変多くを教わります。
後、数日で日本に帰ります。
帰国してからの日本での生活に
今回の気づきを活かしていきたいと思います。