2016年10月27日木曜日

懐かしきMilanoから


その道に長く携わっていくと
特に物を作る仕事は皆そうだと思うのですが
仕立て屋もただ服を作って売るというだけでは意味がない。
いや、全くをもって物足りないと感じてくるのです。

服とは何か?
私が作る服は誰のためのものか? 
服になんの意味がある? 
服に何が込められる? 
服で何が表現できる? 
服で何を残せる? 

20年間こんな問いと向き合ってきました。 

私が26歳の時、
一流と言われる仕立て職人を目指し 
異文化に初めて触れたこのミラノの街で 
お金も技術も無く、情熱だけが熱かった 
あの時とまったく同じホテルに泊まり 
我が仕立て職人としての人生を
今こうして振りかえります。 

20年間さまざまな問いと向き合い続ける事で 
おぼろげながら
私が作る服作りに対する意味を見つけ始めていると共に 
私が服を作る為の魂の豊かな源泉を見出しつつあります。 

その光は、なんとも芳しく、 
文化と芸術そして 
己の霊的ともいえる
アイデンティティーの太き柱を感じ 
それらと共に生きる一体感の中に
人生の豊かさを見出し 
「そのアングルと向き合うため」
に作られる服作りこそが 
「MASAYUKI HAMADAが作る服」
に対する意味の答えであり、 
また私が服を作る為の魂の力の
豊かな源泉がそこにあると。 

この芳しいインスピレーションが 
今後さらに強く実感できるものとして 
私自身が味わう事が出来たらならば 
私の仕立て屋としての人生も 
私個人としての魂も 
また一つ大きな節目となって 
さらに味わい深いものになる気がしています。


   2016.10.27 IN MILANO