イタリア最南端
プーリア地方ガリーポリの
オリーブの樹です。
300歳だそうです。
彼はここで300年もの間
何を見て
何を感じて
今 何をおもっているのでしょうか?
禅僧が、ただ壁に向かって座する如く
彼はただ300年間この地にたたずんでいます。
彼は言語を持ちませんが
彼はこうしてたたずんでいるだけで
私に多くを語ってくるように感じます。
私たちにとって言葉とは何でしょうか?
私は15年間以上もイタリアと通っていながら
ずっと通訳の方に頼りっきりだった為に
まだまだ上手にイタリア語を話す事ができません。
しかし今こうしてフィレンツェに住むようになって
フィレンツェの人々との交流が深まっていく中で
いよいよイタリア語の勉強から逃げられなくなって来ました。
毎日こつこつと単語を覚えたり
イタリア語をYouTubeで聞いたりを
始めています。
上手に話せないまでも
フィレンツェで過ごしていると
イタリア人の友人達と
なんとかしてイタリア語で
コミュニケーションをとるわけですが、
とにかく知っている単語を工夫して並べて
相手の顔色から伝わったかどうかを確認しながらの日々です。
フィレンツェのコニュニティーに
深く入らせて頂ければ頂くほど
自分が日本人であり、
フィレンツェでは外国人である事が
浮き彫りになってくるように感じています。
日本人として
などど、偉そうには言わないまでも
一人の外国人として私は
彼らと何を話し何を交換できるか?
いつも考えながら慎重に向き合っています。
異国の方々との交流
それは言語の巧みさではやっぱりありません。
1番大切なのは言語能力ではなく
自分の体からどんな「心」が出てくるか?です。
言語が違う人々との交流は「心」を言語に変えてこそ
そこに奇跡が生まるのだと思います。
言葉が上手に話せなくても
伝わる事は山程ある。
そんな体験を一杯重ねて来ました。
しかしながら、だからといって
言語を学ばなくても良いというわけでは無いのは
当たり前の事です。
ただ言語の上達が優先順位1番では無いという
確信はあります。
現在少しずつですが
さらにイタリア語が上手になるように
勉強を重ねながら
深いご縁を頂き始めている
イタリアの方々とさらに交流して
今後どんな素晴らしい物語になるのかは
自分の心の中の豊かさが
ただ鏡に映し出されるようなものだと
感じています。
イタリア語と共に
心も豊かになって行きたい
そのためにこれからも
挑戦していきたいと思っています。
