フィレンツェの職人仲間と
仕事の話や雑談をしていると
いろんな事に気付きがあります
しかしその気付きの多くは
インスピレーションに似たイメージであり
なかなか言葉に替えるのは難しい
しかしその一部をあえて言葉にして見ると
彼らは「発展」という事に
価値を見ていないように感じるのです
これが日本社会の持つ価値観と
決定的に違うところではないかと
では彼らは何に価値を見出しているのか
それは「喜び」ではないかと思うのです
発展=喜び
では無い
という事を彼らは知っている
発展という単品ではなんの意味もない
もし発展を得るなら その裏にしっかりと
なぜ発展しなくてはならないのか
発展する事で何を得て何を失うのか
その裏づけがしっかりと整わないと
彼らは動かない
ではなぜ彼らは発展に対して強く動かないのか?
それは発展を強く選択する事で
必ず重要な何かを捨てる事になると
風呂敷をわざわざ必要以上に広げすぎる事で
すべてが希薄な物語になってしまい
結局何の意味も無いものにしてしまう危険性を
彼らは魂の中ですでに知っているように
私には思えてならない
発展を求めるのを止めた時
内なる密度は濃くなる
