2010年8月6日金曜日

いよいよ開ける究極の扉。




この秋から、いよいよ仕立て屋として

いつかは開かなくてはいけない扉に手をかける決意を固めた。
何を隠そう、それは「ナポリ流」というチョモランマ。

味、艶、技術、その全てにおいて熟練しつくされた極致。


この山を一度登りだすと死ぬまで続く登山の日々が始まる。

もちろん休み休み登る。

なぜなら、決して頂上には辿り着かない山だから。


そして、私だけの独創的な登り方で登る。

これだけの山を登るのに、

定番のルートなどない。

天才と呼ばれた先人たちの残り香を負いながら、

遭難覚悟で登るのだ。

誰にも登り方に文句は言わせない。


第二の皮膚と言われる羽のような服。

世界中のエレガンテの極致。

仕立て屋として憧れを抱く最後の究極の扉である。


肩パッドを使わず、

芯地も必要最低限。

生地一枚体に羽織っただけの、

一切の重量を感じない服。

ハンドメイドの極致。

それがナポリ流。

これをマスターするには、

死ぬほど高い技術を要する。


一着出来上がるのに何年もかかる場合もあるらしい。

何度も仮縫いを重ねて作り、

ジャケット一枚70万円という値段もぜんぜん珍しくない。


私の手がける作品がかぐわしい伝統的な香りが湧きたつまで、

私の寿命が続いているか保障できないが、

僅かな可能性に向かって、

新しい扉を開く決意がきまった。


それはある方からご紹介頂いた、

たった一人の出会いから始まった物語。

決してミラノ流を捨てるわけではなく、

そしてイギリス流を否定するわけでもない。

私がナポリ流に向かうのは、

仕立て屋としての故里を作るため。

帰る場所を創る為なのかもしれない。

ナポリ流には、私が仕立て屋として生きた痕跡を残せる手段があるのだ。