2010年7月4日日曜日

イギリスとイタリアの比較。

今回、イタリア以外の国を初めて訪れた、
その国はイギリス。
歴史深き女王の国。

問題はあった。
それは私がすでにイタリアという国を、
愛してしまっていたということ。
ロンドンという街との出会いに、
いささかの色眼鏡がかかっていたということは
私自身が一番知っている。
どうしても比較してしまうのだ。

そんな色眼鏡を気にしながらも率直に感じたことは、
イギリス人とイタリア人は人種が違うということ。
人種が違うということは、
価値観が違うということ。
文化が違うということだ。
当たり前のことだが、
この当たり前のことは意外に体験し肌で感じなければ分からない。
文化や価値観は理屈ではないのだ。

人生という価値に深く入り込み、
人に優しい生活とは何か。
何が重要で、何が不必要か。
その難解な問いに対し
本能的と思えるほどイタリア人ははっきりした答えを持っている。

科学や経済が先行しがちな現代。
インターネットの普及率は低く、
携帯メールやアプリなどをイタリア人が使っている所をほとんど見ない。
「世界はこのような方向に動いている。」
そんな雑音に、一切耳を傾けず、
数百年前もそうしていたであろう生活を
まさにそれが当たり前のような顔で今日も涼しげに凄している。
国中が世界遺産という土地に住むイタリア人。
彼らこそが人類の世界遺産だと弟が言ったが、
あながち否定できない視点である。

そんな国に比べて、ずっと理解出来る国がイギリス。
イギリスの風は東京と似ていた。
しかし日本と明らかに違っていたところがあった。
それは街の美しさである。
日本は美しさという価値観を捨てすぎた。
さらに日々失っていく気がする。

美しさとは「生きている意味」に成りうる特別なキーワード。
ヨーロッパ人は、
歴史の中でなのか、
本能的になのか、
そのことを強く知っている。