2010年7月7日水曜日

感動という尊さ


何のために生き、何の為に仕事をするのか。
この、言葉にすると単純な問いに
自分なりの答えを出せた人が、
人として輝きと力強さを持つ気がしている。

私はそんな「輝きを放つ人」に憧れてきた。
そして今もその思いは変わらない。
私をイタリアへ飛ばし、
そして先月イギリスへの挑戦を始めたのも
そもそもはそんな思いが源泉となっている。
「輝きたい」そのためにもっと多くの視野を手に入れたい。
私にとって、旅を続けるのに十分な動機だ。

ファッションの世界は難しい。
いくら物語が素敵でも、
その「品」自体が魅力的でなければ売れない。
売れたところで意味がない。
さらに、いくら「品」としての魅力があっても、
その「品」に物語が無ければ、
きっと愛着にはつながらない。

本物とは何か。
その問いは、向き合えば向き合うほど深く、
そして感触を味わうのは難しい。
感触があったかな?と感じてもすぐに、
するっと手のひらからこぼれ落ちる。

昨今、作り手と買い手の距離が離れすぎていると感じるし、
その問題点をイタリアでも良く聞くようになった。
熱心な作者はイタリアも日本も多い。

物を作るジャンルの人々は、真面目な人が多い。
しかし真面目だけでは人を感動させられない。
地位や権力をいくら振り回しても、
なかなか本物にはならない。

本物であることをまず目指すより、
私は、まず「感動」を届けられるようになりたいと思う。
人を「感動」させることを見つけるには、
まずは自分が感動しなくてはいけない。

「感動」

困難だけれども、求めるべき尊いものだと思う。